今月の病気⑤ 短頭種気道症候群
短頭種気道症候群
外科 淺田慎也
フレンチブルドックやパグ、ボストンテリアなどに代表される鼻が短い短頭種と呼ばれる犬種にみられる呼吸困難(いびき様の呼吸音や睡眠時無呼吸など)を総称して短頭種気道症候群と言います。これらの犬種は特徴的な顔立ちにするために交配を重ねた結果、鼻孔が狭かったり(鼻孔狭窄)、軟口蓋と呼ばれる喉の奥にあるひだが長かったり(軟口蓋過長)などの、生まれつきの構造の異常を一つまたは複数持つことによって呼吸に障害が出ます。特に夏場や興奮した時は呼吸困難を生じてチアノーゼを起こしたり、呼吸困難によって体温がどんどん上昇し熱中症になったりと命に関わる状態になる可能性があります。若い時はほとんど症状がなかったとしても、加齢により軟口蓋が徐々に肥大したり、肥満などによって中齢以降で症状が悪化してくる場合もあります。
また、このような呼吸に問題がある犬の中には、普通の犬よりも嘔吐しやすい(フードや胃液、泡など)犬もいます。短頭種でみられるこれらの消化器症状は、詳しいメカニズムはわかっていませんが、短頭種気道症候群が原因となっているケースが多いとされています。
これらの問題の原因は構造上の異常であるため、その治療は内科治療ではなく閉塞の原因を外科的に取り除くことが必要になります。今回はその中でも鼻の穴を拡げる鼻孔拡大術と軟口蓋過長の切除手術をご紹介します。
鼻孔拡大術
図1が短頭種ではない犬種の狭窄していない鼻孔で、図2がフレンチブルドックの狭窄した鼻孔です。比べると閉塞しているのが一目瞭然で、これが呼吸困難の一因となります。図3が鼻孔拡大後の画像です。正常な広さまで拡げるのは困難ですが、全く塞がっていた鼻孔を開くことが目的になります。
鼻孔拡大にはいくつか方法がありますが、当院では皮膚生検パンチという直径3〜6mmの丸い刃のついた器具を用いて行います。メスで切除するよりも左右対称に手術を行えるという利点があるため、これを用いています。術後は足で掻いたり、床でこすったりしないようにエリザベスカラーを着ける必要があります。
続いては軟口蓋過長の切除手術についてです。軟口蓋とは喉の奥にあるひだの様な構造物で、上下に動いて食道と気道に対して蓋の様な役割をしています。つまり物を飲み込むときはフードが気道に入らないように(誤嚥しないように)、気道に蓋をします。また息を吸うときには食道に蓋をして、食道に空気が入らないように動きます。この軟口蓋が長く・厚くなることが軟口蓋過長で、呼吸のたびにいびきの様な音がしたり、息が詰まったりする原因になります。そして長くなった軟口蓋を短くするのが軟口蓋過長の切除手術です。
軟口蓋を切除する方法は、①メスで切除して吸収糸(時間が経つと溶ける糸)で縫合する、②半導体レーザーで切除する、③炭酸ガスレーザーで切除するなどいくつかの方法がありますが、当院では③の炭酸ガスレーザーを用いており、これは3つの中で最も出血も術後の腫れも少ないと言われています。
炭酸ガスレーザー
切除前:矢印の部分が余分な軟口蓋です。点線部を目安に切除します。
切除後:半円形に切り取ります。切除直後の画像ですが、出血は全くありません。
切除し過ぎた場合は鼻へフードや水が逆流することもあり、逆に切除が足りない場合はいびき様の呼吸は改善しないので、正しい位置で切除する必要があります。
当院ではこの2つの手術により、短頭種気道症候群の呼吸障害の治療を行なっています。全ての短頭種で手術が必要な訳ではなく、呼吸障害がある・もしくはその兆候がある症例で必要となります。そのような症例は、なるべく早期の手術をお勧めしており、去勢・不妊手術の際に上記の手術を一緒に行うこともあります。治療を行わずに呼吸障害の状態が続くと、軟口蓋過長が進行したり、喉頭虚脱という別の症状が起こり、更に悪化する可能性もあります。
短頭種気道症候群は内科治療だけでの改善は難しく、また治療をしなければどんどん悪化していく可能性がある病気です。呼吸障害が重度な症例や手術を悩んでいる場合はご相談ください。